*結成前夜 井上大地&いざかやオルガントリオ Oct,2016
◆なんで結成したの?の巻
2016年の12月に井上大地のソロアルバム『ギター弾きの歌』がリリースされたんだけど、
その時のレコ発ライブのメンバーに誘ったのがたきざわあつきと、山口ゆきのり。
メンバーのプロフィールやちょっとここでは言えないことは別の機会に書くとして、この3人で初めて人前でライブは実はレコ発ライブの2か月前の2016年10月。
井上は4月からのアメリカ8つの州をまたにかける旅から戻り、こつこつと書きためていた曲と新曲によるソロアルバムのレコーディングを終えたところだったんだよね。
実に7年振りの全国流通規模、とあまり楽ではなかった宿題を終えたことと、アメリカで受けた刺激が雪崩のやうにアウトプットしたい衝動に駆られ、なにか新しいことを始めたいなぁクフフ、と日夜よだれをたらしながら考えたする、ちょっと危ない人に成り下がっていた時のことです。
そんな折、とあるイベントの主宰者よりオルガントリオを企画してほしいとの話があって、その時メンバーに誘ったのがこのふたりだったのだ。
奇しくも同年、山口はニューヨーク、たきざわはロサンゼルスへと旅をして現地の感覚をたっぷりと吸収したあとという両人とも香ばしい感触。
ジャンルと年代、そして徐々に閉塞的になりつつあるこの国の音楽環境に限界を感じ始めていたところに、そんな憂いなんか軽々と吹っ飛ばしてしまった彼らとのオルガントリオ。
み、見える!とその時呟いたかは覚えてないけど、ニュータイプ、じゃなくて彼らとのサウンドに可能性を感じた井上は彼らを固定メンバーに据えたバンド計画を練るのであった。追記すべきは、ふたりの音楽と楽器へのなんだか可哀想になってくるまでの愛情と、こだわりにシンパシーを感じたところだ。
とはいえ、メジャーでも昨今の音楽業界の衰退における機材の削減、人員削減が進められているこの時代。
最低限必要な機材だけでも、ハモンドオルガンとレスリースピーカー、ヴィンテージドラムセット、ギターとラップスティールとアンプが必須。
おまけにメンバーは売れっ子と来たもので、はいこれが今日のギャラだよフィリピン産だよ良かったねと言ってバナナを一房渡してお茶を濁すわけにもいかない。
ひとかどのバンド並みに売上が上がっても前途多難減価償却赤字決算な編成という、井上よ血迷ったか!?という意見もなんのその、聞きにきてくれたお客さんの耳にこれほどまでにない特別感と満足感を伝えることができるな、と踏んだのであった。
レコ発の採算が取れるのか、正直おっかなびっくりだったけど、もう一回このメンバーで演奏したいという気持ちと、お客さんにとにかく音を楽しんでもらいたいという思いから、『ギター弾きの歌』のレコ発ライブはこのメンバーでやることに決めたのだった。
そんな心配とは裏腹に、今やホームとなった下北沢の新進気鋭のライブレストラン『空飛ぶこぶたや』でのソロアルバムレコ発ライブは、なんと入場制限が出るほどの盛況を見せ、レスリーがレスリースピーカーがぁー!!と悪夢にうなされた夜も終わり、ぼんやりとしていた手応えは、確信へと変わった。とても楽しかったしね。
で、我々は年が開けた2017年より【井上大地&いざかやばんど】としてそのキャリアをスタートさせることになる。
それは言うなれば、いざかやばんど大地に立つ、ということなのかもしれない。よくわからないけど。
結成当初のコンセプトはオリジナル楽曲も機材もフライヤーデザインなど含めて、ヴィンテージを意識したまったく新しいファンキーミュージックを演奏するバンドとしてスタートした。
そしてはじめに取り組んだことは、お互いの得意分野の封印。自分のフィールドに持っていくのひとまず禁止。
ブルースギターの井上、ファンクオルガンの山口、ジャズドラムのたきざわとお互いの得意ジャンルを活かすのが常套手段だけど、それを用いず各々がフラットな視点で楽曲に向き合えるよう、曲を書く際やリハーサルでの工夫を凝らした。凝らしたというかメンバーを威嚇したシャー。
しかし、まったくオルガントリオのルーツを感じさせないのでは我々がやる意味もない。きをてらったこともしたくない。
このバランスを取るのがまた難しい。まだまだ、その答えを探している途中だけど、いつか3人でその秘密を見つけ出したい。
メンバーの個性、オルガントリオの既成概念も封印した丸裸な状態で、なんら特別なきっかけも運命的なドラマチックな出会いのエピソードもない。
ないない尽くし、これがいざかやばんどの馴れ初め。
なまじバンド経験を積んでいると、それぞれの過去の栄光やキャリアを押しつけ合ったりしてしまうから、例えば
『それはエゴだよ』
とか
『悲しいけどこれ戦争なのよね』
というセリフはおろか、共通の趣味すら一致しないメンバーとの旅立ちは、すべてをゼロからスタートさせることを受け入れさせるに足るものだったし、なんか清々しくもあった。結果、その方が良かったと思っている。
さて、我々は今後において強力な共通体験をひたすら重ねて行くことになるだろう。
これは昔ながらの、same oldで、古典的で、かつ不器用だけどこの最強への近道を進んでいく。
ちょっと難儀なバンドだけど、ライブのあと、レコーディングのあとなんかに、あぁこのバンドを始めて良かったと思うことがある。
それは目の前にいるあなたに、いざかやばんどの音楽を確実に楽しんでもらいたい!という一念と、この道をともに歩いていける仲間に出会えたことに他ならない、のだ。
とかっこよさげなことを声高に述べつつ、結成にまつわる記事を締めたいと思いやす。